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いつまでも桜の便りが聞こえずで、
なかなか春めかないねぇと焦らしに焦らされた今年の春は、
いきなり気温が上がっての一気にあちこちで見頃を迎えたものの。
それもなかなか続かずで、
花冷えが襲っては震え上がった人も多かった。
「今年は花粉が少ない年だと言われていたはずでしたのにね。」
「やはり風邪を引いた方が多かったのですよ。」
そう。
ティッシュがいくらあっても足りなかったり、
マスクが手放せなかったり。
「黄砂も。」
「あ、兵庫せんせえが言ってたの?」
聞かれて“うん”と頷いた紅ばら様も、
どこか気けだるそうな目許だったりするのだが。
これは花粉のせいではなくて、
「アンニュイなだけですよねvv」
「おいおい、ヘイさん。」
そんな、一昔前のBLまんがに出てた美少年じゃないんだからと。
こちらこそ何で一昔前のことを知っているやら、
白百合さんがこらこらと赤毛の猫目娘を窘めてから。
にこぉと綿毛頭のご令嬢をかえりみて、
「睫毛が重たいだけですよねぇvv」
「……親ばかですよね、相変わらず。」
裏拳こそ出なかったものの、
ひなげしさんから すぱんとツッコミが入ったのもまたお約束。
相変わらずの三華様がたこと、
いつもの三人娘が顔を揃えておいでの今日は、
ゴールデンウィーク最終日。
どういうご乱心か、終盤に大荒れに荒れた連休だったから
…というのじゃあなくて。
五月祭以降はといえば、
思いつきでQ街まで出てみての、
そのまま“アンダンテ”のケーキバイキングへと挑んでみたり。
そうかと思や、やはり思いつきで、
新緑の瑞々しい草野邸のお庭にて、
よもぎ摘みにはしゃいだかと思えば。
クラブサンドやスィーツ広げてガーデンランチを楽しんだり、
八百萬屋まで持ち寄ったよもぎで、
五郎兵衛の指導の下、
大きめの聖篭相手にきゃあきゃあとはしゃぎつつ
草餅作りに挑戦したり。
海外旅行などという派手なお出掛けなぞしなくとも、
これでなかなか楽しい日々を、
まったりと過ごした皆様だったらしく。
「久蔵殿の公演も観に行きましたしね。」
「といいますか、
公演前の1週間からとか
練習に詰めっきり…なんてのには ならない人ですよね。」
日頃のまんまに生活し、学校へも出て来ていての、
唐突に、明後日、東京公演だが観にくるか?と
訊いてくるのがいつものことで。
勿論、自分のポジション部分だけを
飛び入りでこなしているよなワケでもなかろうに、
「レッスン場や会場でのリハーサルには
どうやって顔出ししてるんでしょうかね。」
学業に響かせぬよう、
下校途中から三木家特注の高速ワゴンに拾ってもらっての、
レッスンやリハ会場へ超特急で向かっていたとか?
「それってどこのCIAさんでしょうか。」
「〜〜〜。(頷、頷)」
一体 誰の話をしているのだか。
そんなことあり得ませんよねぇと
草野さんチのご令嬢から話を振られて、
うんうんと頷いている久蔵お嬢様だったものの、
「………。」
お茶の用意を整えておいでのメイドさんたちや、
厨房から出来立てスィーツの数々を
大きなワゴンへ乗せてティールームまで、
手際よく運び込むお手伝いをしておいでの男衆たちが、
微妙に表情を震わせたのはどうしてか。
……まま、今回はそっちのお話ではありませんので、
深くは詮索しないでおきましょうか。(こら)
「それにしても、新緑が気持ちいいですよねぇvv」
スズカケの梢から降りそそぐ木洩れ陽がモザイクみたいで目映いと。
胸元のシャーリングストライプが可愛らしい、
タンガリーのチェニックに、濃色のデニンズを合わせた、
珍しくもマニッシュな格好のひなげしさんが
目許をいつもよりもなお細める。
昨日の雨がやっと上がった関東地方は、
ところにより大荒れと聞いてはいるが、今のところはいいお日和。
桜に振り回された感のあった春の初めだったものの、
その次を彩るシバザクラやツツジは順当に咲いており、
それらの鮮やかな色合いを引き立てるかのように、
発色のいい若葉も明るい色合いでお顔を覗かせ始めておいで。
花の後に小さく芽吹き始めているものも可憐だが、
常緑の茂みに新たに萌え出ている若葉の黄緑が、
日陰なのに際立つ明るさなのが鮮やかで。
風が強いのでとサンルームに席を設けてのお茶会と相成った三人娘。
出窓風に桟の幅がある窓の下辺には、
メインクーンのくうちゃんが、その身をくるんと丸めてうずくまっており。
微笑ましいことよと歩み寄りかけた久蔵だったが、
………っ、
不意にお耳をふるるんと揺すぶったくうちゃんが、
お顔を上げると大好きなお嬢様の方を向き、にいと短く鳴いてみせる。
「くう?」
スリムな肢体をなお可憐に映す、
七分袖のスリムなスムースシャツに、
ゆったりルーズなカーディガンと、
エプロンドレス風ロングスカートという、
自宅ならではのラフないで立ちだった久蔵お嬢様。
猫さんの言葉が判るのかと思えたほど、
その深紅の眼差しを
愛猫さんと長々と見交わした彼女だったのだけれども。
「どうしました?」
丁寧に整えられたテーブルに向かい、
白磁のティーポットから薫り高い紅茶を
銘々のカップへとそそぎ分けていた七郎次が、
お顔だけをこちらへと向けてくる。
すんなりとした立ち姿は、
愛称の白百合そのまま、凛と高潔な麗しさ。
淡い緋色のカーディガンの下には優しいシフォンのブラウス。
ボトムは幅の広いベルトから連なるAラインが、
されどフェミニンなシルエットをなみなみと揺らす、
フレアタイプのシックなマキシスカート。
窓からの光は直接届いてはないものの、
その白い頬や金の髪は何とも神々しく輝いており。
ほんの十代のお嬢さんとしての瑞々しさをたたえつつ、
なのに、風格さえ備えた落ち着きも兼ね備えたお嬢様。
「………シチ。」
思い出した記憶の中、
この人はたいそう優しくしてくれたと真っ先に浮かんだ久蔵で。
大戦の忘れ形見でしかなかった存在、
人斬り以外、感情も身の処し方も何も持たない赤子同然、
若しくは誰もが寄りつかなんだ狂犬のようだったこの自分へ。
怖じけず怯まず、それは根気よく接し、優しい笑みを向け続けてくれた人。
当時、集められた侍たちの惣領だった、
島田勘兵衛の補佐を手掛けていたシチロージであり。
毛色の違い過ぎる存在だったキュウゾウへの干渉もまた、
大将への手助けの一環だったのかも知れないが。
器用で温かい手や椿油の甘い香は、
空っぽだった胸元をいつしかじんわりと暖めてくれており。
そんな刷り込みは、今の生でも根強く働いてやまず。
その結果、
あのころの彼にとっても慕ってやまなかった存在の島田勘兵衛には、
いまだに点数が辛いという余波が発動中なくらい。
「さ、お茶が入りましたよ。」
美味しいアーモンドサブレをお持ちしましたの。
ささ食べましょうと、あとの二人を招いた七郎次だったのだが、
「〜〜〜〜、みゃっ!」
そんな彼女に向かって、こちら三木さんチのお猫様、
くうちゃんが たかたかと…結構珍しくも軽快迅速に駆け寄って行ったものだから。
「え?」
「くうっ。」
おいたはダメだぞと、声を張った久蔵の、
その声が七郎次へ届くか届かぬかという微妙な間合いへ。
―― どこからともなくの“風”が吹いた。
窓の外では時折梢を揺らす風もあったが、
ここはリビング、窓も閉ざしているのだ。
どこからもそのような風なぞ吹き込みはしないはずなのに。
3人の同い年の少女らが立つフロアの真ん中へ、
何処からともなく吹き入った風は、
轟という勢いのまま、テーブルクロスの裾をひるがえし。
その傍らに立っていた白百合さんごと くるりと巡ると共に、
不思議な感触をも持ち込んで。
――― え?
穏やかな秋空と、広大な金色の稲穂の海と。
蜂蜜色の西陽の下、轍の跡もすっかりと乾いたあぜ道を、
肩に長柄を担いで歩む人影があって。
そんな風景の中だのに、どこかひらひらりとしたいで立ちの、
すらりと長身なその姿には、
重々見覚えのあった平八や久蔵が、
何でどうしてと呆然としておれば。
不思議なビジョンは掻き消すようにスッと消え、
部屋の中も居合わせた少女たちも、何ら変わりないままに…
「……あれ?」
いや、微妙に一か所だけが大きく違った存在が。
飴がけしたように ようよう磨かれた
フローリングの上へ尻餅をついていた人物があり。
先程の風に撒かれた勢いにつき飛ばされたかのようでもあったが、
それにしては、
「シチ、さん?」
マキシスカートに緋色のカーディガンではなく、
藤色の羽織に臙脂色の筒袴といういで立ちは、
何と言いますか、どっかで間違いなく見た覚えがあるし。
白百合さんと瓜二つじゃああるけれど、
彼女はそうまで背丈はなかったはずだったし、
何よりも…親友のお宅へ遊びにくるのに
赤い柄の長い得物なんて担いじゃあいなかったはずで。
「あいたたたぁ…。」
すべって転んだか、
それとも何処かから落ちてでも来たものか。
座り込んだ格好の腰あたりへ添えられた左手は、
鈍い深灰色の金属に覆われており、
……まさか、ねぇ?
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*書いてた間は、関西地方のK市も絶品の洗濯日和で、
大荒れなんて言ってたけど
午前中だけだったよなぁなんて思ってました。
まさか、ああまで大変な竜巻が起きていようとは。
後だしみたいですが、本当にそういう順番です、すいません。
つか、いきなり何て話を書いてるんだこのお人と
思い切り呆れた方。
その反応は間違ってません。
思いつきです、出来心です。
借り物の設定で何やってるんだかですが、
枝番前提としてのお遊びということで。
よろしかったらお付き合いのほどをvv

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